大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和53年(オ)1350号 判決

上告人

石田九六

右訴訟代理人

植山日二

外二名

被上告人

杉田利男

被上告人

広島市

右代表者市長

荒木武

右訴訟代理人

宗政美三

外二名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人植山日二、同秋山光明、同阿波弘夫の上告理由について

原審は、おおむね次のような事実関係を確定している。

1  上告人は、被上告人杉田から、昭和二七年四月七日と同年八月の二回に分けて、現在の広島市比治山本町一〇三八番一〇、宅地、五二四平方メートルにあたる土地(以下「本件全土地」という。)のうち第一審判決末尾添付図面の斜線部分の土地350.23平方メートル(以下「本件土地」という。)を買い受け、右各買受の時からこれを占有している。

2  本件全土地は、当時国有地であつたが、広島市長の施行する土地区画整理事業上の呼称では広島市皆実町五四ブロック八号宅地とされており、被上告人杉田が昭和二六年七月広島市長の指示によつて広島市流町から本件全土地に移転しその使用を認められていたものであつて、将来は同被上告人に払い下げられるものと予想されていた。

3  上告人は、本件土地が国有地であることを知つていたが、近い将来被上告人杉田が払下を受けることを期待し、その払下価格が確定しないことを含んだうえで、前記のとおり同被上告人から本件土地を買い受けたものである。

4  本件全土地は、その後、昭和三二年二月二七日被上告人市所有の広島市中島本町一〇五番の二五七の宅地(以下「中島本町の土地」という。)の仮換地先と指定され、同四五年一月一〇日換地処分があり、同年二月一四日に現在の地番となつた。

5  上告人が右中島本町の土地について確定的に権利を取得した事実はない。

原審は、以上のような事実関係を確定したうえ、上告人が売買によつて開始した本件土地の占有は所有の意思をもつてするものではなく、本件土地が中島本町の土地の仮換地先と指定されたのちにおける占有も所有の意思をもつてするものとはいえないと判断した。

しかしながら、占有における所有の意思の有無は、占有取得の原因たる事実によつて外形的客観的に定められるべきものであり、土地の買主が売買契約に基づいて目的土地の占有を取得した場合には、右売買が他人の物の売買であるため売買によつて直ちにその所有権を取得するものでないことを買主が知つている事実があつても、買主において所有者から土地の使用権の設定を受けるなど特段の事情のない限り、買主の占有は所有の意思をもつてするものとすべきであつて、右事実は、占有の始め悪意であることを意味するにすぎないものと解するのが相当である(最高裁昭和四五年(オ)三五七号同年一〇月二九日第一小法廷判決・裁判集民事一〇一号二四三頁参照)。したがつて、上告人が本件土地を買い受けてその占有を開始した事実を認めながら、右占有が所有の意思をもつてするものであることを否定した原審の判断は、法令の解釈を誤つたものというべきである。

もつとも、本件売買の目的とされた土地が、国有地としての本件土地であるのか、将来行われる予定の仮換地指定処分において本件土地の従前の土地とされるべき土地であるのかは、原審の確定した事実関係からは必ずしも明確とはいいがたいのであるが、そのいずれであるにしても、原審の確定した前記事実関係のもとにおいては、本件仮換地指定処分がされる以前の段階における上告人の本件土地に対する占有によつては、国有地としての本件土地の所有者としての外形をそなえた事実支配の状態があるというにとどまり、その後に本件全土地を仮換地先として指定された中島本町の土地のうち本件土地に対応すべき未特定の部分ないしは換地処分後の本件土地について所有者としての外形をそなえた事実支配の状態がすでに存在しているものとみることはできないから(最高裁昭和四三年(オ)第九二五号同四五年一二月一八日第二小法廷判決・民集二四巻一三号二一一八頁、昭和四三年(オ)第七九五号同四六年一一月二六日第二小法廷判決・民集二五巻八号一三六五頁参照)、仮換地指定処分前の本件土地の占有期間を右指定処分後の中島本町の土地の一部ないし換地処分後の本件土地の所有権についての取得時効の期間に算入することはできない。このことは、上告人主張のように、本件土地を仮換地指定処分前は土地区画整理事業の施行者としての広島市長が、指定処分後は中島本町の土地の所有者としての被上告人広島市がそれぞれ管理し、右指定処分の前後を通じて現実の管理事務は広島市東部復興事務所が行つていたとしても、異なるものではない。そして、原審の確定した事実関係によれば、上告人は、本件売買契約の締結にあたり、当時の本件土地が国有地であることを知つており、近い将来被上告人杉田が払下を受けることを期待していたにすぎず、その後上告人が中島本町の土地について確定的に権利を取得する根拠となるような事実もなかつたというのであるから、上告人は、国有地としての本件土地の占有を始めるにあたつてはもちろん、仮換地指定処分により仮換地先としての本件土地の占有を始めることとなつたときにおいても自己が所有権を取得していないことにつき悪意であつたものというべきである(原判決には上告人は占有の始め善意であつたものと推認される旨の判示があるが、右判示は、上告人の占有が自主占有ではないことを前提とするものであること判文の趣旨に徴して明らかであり、前示悪意の判断を妨げるものではない。)。

それゆえ、現在の本件土地について時効によつてその所有権を取得したとする上告人の主張は、仮換地指定処分の前後を通じて占有期間を通算しうることを前提とする占有開始の時(売買の日)から一〇年又は二〇年の経過による取得時効の主張も、上告人が占有の始め善意であることを前提とする仮換地指定処分の時から一〇年の経過による取得時効の主張も、ともにその前提を欠き理由がないから、これらの主張を失当として排斥した原審の判断は、結論において正当である。論旨は、ひつきよう、原判決の結論に影響を及ぼさない部分を論難するに帰し、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(環昌一 横井大三 伊藤正己 寺田治郎)

上告代理人植山日二、同秋山光明、同阿波弘夫の上告理由

第一、(法令違背)

一、原判決は上告人の時効取得の主張に対し「上告人の占有が平穏公然なものであり、占有の始め善意であつたもの」と認定しながら上告人の「所有の意思」を否定し、結局時効取得を認めなかつたものであるが、右「所有の意思」についての判断は違法であり、明らかに判決に影響を及ぼすものである。

二、占有における所有の意思は「占有取得の原因たる事実によつて客観的に定められるべきものである」ことは既に最高裁判所判例で確定されているところである。最高裁昭和四五年(オ)三五七号、昭和45.10.29一小法廷判決)(判例体系七―二―八二六の一八一、判例時報六一二号五二)

三、右にいう「占有取得の原因たる事実」とは「占有取得の原因となる事実行為乃至は法律行為」と解せられ事実行為については「拾得」等、法律行為については「売買、贈与、交換等」がその代表的なものでありその事実は法律的類型によつて定められるもので具体的事情にまで立入るべきではない。右最高裁判決の事例は、正に交換契約を内容としたものであつた。

そして「占有取得原因」が譲渡契約である場合その目的物が第三者の所有物であるときでも所有権の移転を内容とする契約(売買、贈与、交換等)であれば右契約にもとづき引渡をうけて開始するに至つた占有は、右契約により法律上所有権移転の効果が生ずると否とにかかわらず自主占有となるのである。

前記判例時報六一二号五二頁のコメントでは右理論が通説(我妻物権法三一八末川物権法一九三舟橋物件法二五九)であるとした上、特に異論はないと評論している。

四、これを本件についてあてはめれば上告人が被上告人杉田から本件土地を現実に代金を支払つて買うけその引渡を受けて占有をしているものであるから本件土地が仮りに第三者である上告人広島市の所有であつたとして上告人と被上告人杉田との売買契約により所有権移転の効果が法律上生ずると否とに関係なく上告人の自主占有(所有の意思のある占有)となることに変りはない。

五、この点に関し原判決が本件土地が①「戦中戦後国有地であつたこと」②「上告人が売買当時それを承知していたこと」③「本件売買が払下価格が確定していなかつたことを含んだ上締結されたもの」であることを理由として「所有の意思がない」としたことは「所有の意思」についての客観的認定を誤つたものである。

(一) すなわち右①②については占有についての「悪意」の問題として論議されるのであれば格別(前記最高裁判決参照)「所有の意思」の問題とはなり得ない。所有の意思の有無は、売買の具体的内容にまで立入るべきではない。そして「悪意」の点については原判決は「占有の始め善意であつたもの」と正当に認定している。

又原判決のいうように占有の始め土地が国有地であつたということを承知しておれば所有の意思がないということになればそもそも第三者の所有物を目的とする取得時効は存在しないということとなり時効制度の根本に違反するし第三者の物の売買(民法第五六一条)の観念をも否定する結果となる。

(二) つぎに右③については原判決は「売買は価格が確定しなければ成立しない」という独断にもとづいている。代金の額は契約時に一定の数額を定めなければならないものではない(我妻 債権各論中巻一、二五四頁)

六、本件は、前掲最高裁判決の「交換契約」を「売買契約」と置き替えただけで直ちに内容的に合致する事案であつて原判決は、「所有の意思」の解釈を誤る法令違背があると共に前記最高裁判決にも反する。そして右違法は判決の結論を左右するから明らかに判決に影響を及ぼす。〈以下、省略〉

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